名誉会長のRunブログ

ヤクタターズ名誉会長の活動報告

大厄だったから,ということに

何万,何十万というランダムな母集団を調査して,
いわゆる「厄年」に発生するトラブル,不幸の数をカウントしてみた場合,
果たして統計的に有意な差が出るかどうかは置いておき,
我々昭和49年生まれ男性にとって,
今年は「危機的な」一年であったはずです。

そういった,「いわれ」や「ならわし」などを全く信じていない自分が,
今年のお正月には進んでご奉納し,
来るべき「危機」に備えた儀式を執り行いました。
心のどこかで,「何か」を察したのでしょう。

競技の記録という面では,そこそこ,いやかなりいい年ではありました。

3月にはフルのベストが出て,多摩湖でもここ数年でのベスト。
八ヶ岳富士登山,50kmトレイルと,
これまでならダメになっていたようなハードなレースを完走。
9月の5000mでは2010年以来の最高記録も出せました。


ですが,信じられないほどの数の怪我をしたんですね。


静マラの翌日は右足親指の強烈な打撲(骨折を確信も幸い打撲)。

その翌週には,仕事中の接触による右肋骨の骨折(幸い走りには影響せず)。

さらにその翌週には包丁で親指を切る怪我。

5月マスターズ記録会における肉離れ(幸い,ジョグはできる程度)。

6月,八ヶ岳トレイルでの豪快な転倒(幸い,打撲で済む)。

9月は足底筋膜炎発生(ジョグは可能)。

そして12月の膝打撲(これは1ヶ月の休養を要する大けがでした)。


肉離れは人生で3度しかないもの。
足底筋も人生で2度目。
膝(タナ障害)も3度目。
肋骨骨折は初。
そんなレアな怪我が,全て今年に重なったというのは,
偶然にしては出来過ぎです。
(そして,試合中の怪我以外は全て月曜にしています)


ここまで重なると,さすがに妖怪のせいにでもしたくなりますが,
そっちはもっと信じていないので,
こういう時こそ「厄年」というのが最も都合のいい考え方になりますね。

そして言われます。
「厄払いしたから,この程度で済んだんだよ」と。


今年も残り3日。
「危機的な一年」が,「この程度」で終われるよう,
なお一層慎重に生活していこうと思います。